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BREITRING 1993-

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これは友達とシンガポールの表現の撮影に行った時のことです。その友達のカメラマンがブライトリングという腕時計を買いたくて探しているというのです。「その時計はなんだ?」と友達に聞いてみると、どうやら「狙って買いたいという人もいる」そんな存在の時計とのことでした。まだブライトリングは日本ではほとんど売っておらず、後々知ったことですが、年間5000万から7000万円くらいしか流通していない知名度のない腕時計だったようです。そのカメラマンは帰り道でお目当のブライトリングを見つけたようでその時見せてもらったんですけど、それ以来「なんだあれは」と気になって気になって仕方なくなっていました。

ラコステでお世話になった大沢商会の社長に「ブライトリングっていう時計見たんだけどあれ面白いね。どこの商社で扱っているか知りませんか?」と聞いてみたら、あっさり「それうちだ!」と。「あれいいじゃないですか。僕やりたいんですよ。」と詰め寄って、時計部から専属チームを作ってくださいとお願いしました。なんでもその年で契約が切れてしまう話でしたが、そこは仕切り直す絶好のチャンスだと思いましたので、ブライトリング本社に「僕がやる」と行きました。ブライトリングからは「日本ではもう売らない。何にもしてくれなかったから。」と最初は断られたのですが、僕が流通額を30億円にしてみせると覚悟を伝え(半ば大見栄ですが)、チャンスをもらいました。

飛行機パイロットのための「計器」として使われていましたので、広告のコンセプトはずばり「これは計器という機械である。」としました。ただ、競技用の飛行機であっても日本では「戦争」に連想されてしまう怖さがあったので、飛行機のビジュアルは出さないことにしました。ブライトリングという機械は計器であって時計は機能のうちの1つに過ぎません。最初の頃の撮影ではベルトを外して本体のみにスポットを当てました。パイロットは太ももに巻いて使いましたし、ブライトリングにおける計器の装着位置は手首に限定されていません。腕時計としてではなく、あくまで主役は本体。ベルトを含めた美しさはさておいて、徹底的に本体が持つ機能美を追求しました。認知度が増えると同時にラインナップも増え、メタル製のベルトを持つモデルも登場するようになりました。日本市場における腕時計としてのブライトリングの存在が確立するにつれて、精巧な作りのベルトにもスポットを向けることにしました。圧倒的なクラフトマンシップと計器としての歴史を兼ね備えたブライトリングは、今では僕のお気に入りの腕時計として複数所有しています。