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KIRIN 一番搾り 1989-1996

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キリンに関わる全国の会社員に向けた「キリンビアーズニュー」という企業メッセージを発したのち、製品化は不可能と言われた「一番搾り製法のビール作り」が始まりました。ビールは絞り始め(一番搾り)が美味しいことは知られていました。この部分だけを味わうことは理想ですが、製法はとんでもなく面倒くさいもので、さらに半分ほど残る二番絞り部分は捨てなければなりません。ただ、キリンは「うまいビール造りをしたい」想いをこの「一番搾り」に賭けていました。もちろん全国の工場は大反対でした。今まで「無駄を無くせ」と散々言われてきたところで二番搾りは捨てろですから。それは怒ります。営業部門もラガーの顔をつぶすのかと、これまた大反発でした。そんな逆風の中、当時の社長は全国の工場を何度も何度も訪れて想いを伝え続けました。その甲斐あって、全国のキリンビール社員がひとつになって「一番搾り」を誕生させました。最初の頃は廃棄する二番搾りは半分ほどでしたが、研究と改良を重ねるにつれてその割合も減って行き、最終的には廃棄はせずに畜産農家の餌や肥料に再利用する形になりました。ようやく広告の話ですが、この新しいビールの広告で伝えるべきこと、これは実にシンプルです。「一番搾りはおいしい」「おいしくて嬉しい」これを伝えるだけなのです。もちろん「なぜおいしいの?」「どうすればこのおいしさが伝わるかな?」ここは広告にはたくさんの手法がありますから、多面的な切り口で広告展開しました。「一番搾り製法」を知らない人に向けた内容と、緒形拳(俳優)さんが醸し出す日本のおじさん感といいますか、広告を見た人が自分や誰かに置きかえてみれるような、全国のビール好きが共感してもらえる広告を作りました。このビールの誕生には奥深い苦難のドラマがあるわけですが、そこはビール会社が努力すれば良い部分。特に語ることはしませんでした。たまに肩の力が抜けちゃうような表現もメリハリの一環としてはさみましたが、基本は「一番搾りはおいしい」で貫いて作った広告です。